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[単独インタビュー] ペ・ヨンジュン "寒流未来はコンテンツ … 慰安与える作品が良い"

25.03.2013

ニュース

2004年 4月4日日本羽田空港. おおよそ 5000人余りの歓呼の中にドラマ ‘冬恋歌’の主人公ペ・ヨンジュンが現われた. 彼が明るい笑いで手をあげてあいさつする姿は今までも寒流の一象徴的な場面で残っている.
その 1年前の 2003年 4月3日, ‘冬恋歌’が ‘冬ソナタ’という題目で NHK 衛星放送 BS2を通じて日本視聴者を初めて会った. その熱気は想像以上だった. 1990年代末から少しずつ沸き立った寒流が ‘冬恋歌’と ‘ヨンサマ’ ペ・ヨンジュンから本格発源する瞬間だった.
それから 10年の時間が経った. ‘冬恋歌’ 以後寒流の新しい風はもう全世界的な強烈な文化現象になった. そしてアジアを越えてヨーロッパとアメリカ, 中東とアフリカなど全世界で流れこんだ太い川筋になった. スポーツ東亜が創刊 5周年を迎えその 10年の間続けて来た寒流の川筋に付いて行く.
その一番目手順で ‘ヨンサマ’ ペ・ヨンジュンを書面で会った.
“本当に 10年前の事ですね.”
俳優ペ・ヨンジュン(41)は ‘冬恋歌’が日本で初めて放送した 2003年 4月の記憶が相変らず鮮やかそうだった. 想像だけでできると思った光景が目の前に開かれた時その感興は経験して見た人だけ分かる.
‘冬恋歌’の日本放送でペ・ヨンジュンの人生方向はもっと広こに向けるようになった. 彼を呼ぶ’ヨンサマ’と言う(のは)呼称は名前位親しくなってからながい. ペ・ヨンジュンはそのように 10年の間搖れなかったし多様な分野でその立地をもっと堅固に押し堅めている.
寒流の本格的な出発点と同時に頂点で数えられるペ・ヨンジュンに ‘冬恋歌’ そしてその後 10年に対して問って, 聞いた. 久しぶりに言論インタビューに出た彼はコンテンツの力を何番(回)も強調したし大衆の心を慰める ‘ヒーリング’ キーワードに向けた高い関心を現わした.
● ‘冬恋歌’ そして ‘ヨンサマ’の現在進行形人気
“その時期(2003年)に如いても日本公営放送である NHKが韓国ドラマを放送するのは初めてだった. 海外で韓国作品と俳優に関心を置くということも信じがたい事実だった. しかし実際に日本へ行って現地反応を目で直接確認してその真剣さを対してからこそ私も驚くしかなかった. コンテンツがいくら大きい波及力を持ったのか, いくら偉いヒーリングの原動力になることができるのか皆が初めて悟るようになったのだ.”
しかし ‘冬恋歌’は寒流の手始めにだけとどまっていない. その人気は現在進行形だ. ベ・ヨンジュンは冷えない熱気の原因で “コンテンツ”, その中でも “ノスタルジアを刺激する力”を指折った.
“日本作品も説得することができなかった感性を韓国作品が悟るようにしてくれた衝撃的な事件だった. また韓国も違うとばかり思った, 文化的に断絶されたと信じた日本と好きなコンテンツの香臭が似ているという事実を悟って新しい可能性を見つけたわけだ.”
ベ・ヨンジュンは “真正なロックショリ”という言葉も取り出した. 人々が長い間愛を傾ける対象を指称するという説明を添えた. “‘冬恋歌’は日本人たちが追い求める真正なロックショリではないか” 彼は問い返した.
● “‘冬恋歌’も, サイも偶然に出た結果ではない”
10年の間多いことが変わった.
ペ・ヨンジュンは韓国大衆文化コンテンツの海外進出を論ずる時, もうその一つの象徴になった. 人気だけ享受する俳優に安住したら決して得なかった成果も多くの人胸に抱いた. 今はコンテンツ企画者としてドラマ(‘ドリームこんにちは’ シリーズ) などを製作するとかまた他の寒流スターたちを育て出している.
“会社仲間たちと一緒に 10年の間寒流の長続き可能な発展に対して多い悩みと研究をした. 日本に会社を設立して私のケースを分析した後そのノーハウの基盤の上で決まった方向を設定して後輩演技者の現地進出通路でも応用することで他の分野でも可能性があると信じた.”
歌手で, 演技者でアジアで確かな基盤を押し堅めたキム・ヒョンジュンが代表的な成功事例だ. ペ・ヨンジュンはキム・ヒョンジュンが他のアーティストたちにも刺激になっていると言いながら “やはりスターを作るのはコンテンツという結論”を得たと強調した. こんな信頼あげく彼は文化関連コンテンツを開発して実現するコンテンツ Kを設立した.
ペ・ヨンジュンは “コンテンツビジネスの力を信じなければならないし絶え間なくて開発しなければならない時”と話を引き続いて ‘冬恋歌’とともに歌手サイを例であげたりした. ‘冬恋歌’のようにサイが成した成果やっぱり “偶然にできた事だと思わない”と彼は言った.
“韓国ショービジネスが努力して駆けて来た結果だ. 今多い国でむしろ韓国をモデルしてビジネスを研究の中だと聞いた. 私たちがこれからすべきことはもっと多くなるようだ.”
● 勉強時間過ごして … “胸充満する作品願い”
ペ・ヨンジュンは 2011年ドラマ ‘ドリームこんにちは’ 特別出演を終わらせてからは延期でファンと会った舞台はない. 代わりに彼はその間 “コンテンツビジネスのための勉強の時間”を過ごしたと言った. 最近までは ‘太王使臣期’ 撮影当時負った負傷のリハビリ治療のためにアメリカハワイに泊まったりした. 最近帰国するやいなやペ・ヨンジュンはコンテンツ Kの企画チームと論議を続いて “私がしたい作品, 見たい作品をたくさん要求している”と言った.
ペ・ヨンジュンの最近関心は ‘ヒーリング’だ. “きびしいこのごろ, 慰安をくれて胸を充満するようにする作品をしたい気がする”と “それが私もヒーリングを受けることができる方法”と言った.
‘冬恋歌’から 10年が経った. ペ・ヨンジュンが ‘ヨンサマ’と呼ばれた時間も彼のようだ. ‘冬恋歌’ そして ‘ヨンサマ’はペ・ヨンジュンにどんな意味だろう.
ペ・ヨンジュンの返事では満足より悩み, 負担が跡がもっと濃く付け出した.
“‘冬恋歌’は俳優で, 人間で私をたくさん成長するようにした作品だ. その愛が個人に移して来ながら ‘ヨンサマ’と言う(のは)また他の名前を持つようになった. 明らかなのは私の人生は, その名前を持つ前と後に分けられるという事実だ.”
ペ・ヨンジュンの言葉は続いた.
“その名前(ヨンサマ)で他人の生と人生に直間接的に影響を与えるようになった時, それは単純に良いに如く感情ではない. 多くの責任感とアイデンティティに対してずっと思うようになる.”
彼に 10年前 “初めて向い合った家族(ファン)たちの目”は相変らず “気持ち良い震え”だ. ペ・ヨンジュンはまたこれを永遠に忘れない “大事な記憶”で胸に抱いている.
そのため “今後とも 10年前初めて感じたその震えを忘れないで胸の中熱情で持って行きたい”と言う彼の言葉は近付くまた他の 10年を向けた駄目押しでもある.
理解里記者 gofl1024@donga.com ツイーター@madeinharry